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語源でとく古代大和

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  2. 著者動画解説

真説―古代史

  1. 目子媛の「草香」
  2. 「橘」という勢力

談話室

  1. うましうるわし

うましうるわし

 平城遷都一三〇〇年ということで、JR東海が「うましうるはし奈良」というキャンペーンをやっている。残念ながらJR東海の区間外の地域では見かけることが少ないが、東大寺・薬師寺・法隆寺などを舞台にしたCFは美しいものである。
  観光キャンペーンでは、三重の「美し(ウマシ)国まいろう」、宮城の「美味し(ウマシ)国伊達な国」というのもあるようだが、三重の方は伊勢志摩の絶景が「美しい」、宮城の方はグルメの旅で「美味しい」というニュアンスが含まれているように感じられる。
  ではそもそもウマシとはどういう語なのか。
  ウマシは『万葉集』『書紀』の次のような用例がよく知られている。
  うまし国そ あきづ島 大和の国は(万葉集)
  神風の伊勢国は、…傍国のうまし国なり。(垂仁紀)
『時代別日本国語大辞典(上代編)』は、次のようにウマシを説明している。
①うまい。味がよい。
②よい、美しい、結構である。
  ここで注意すべきは二つの意味は別々ではなく、ウマシというある状態を表す語が、ある場面では「味がよい」として使われ、また別の場面では「美しい」として使われるということである。ウマシの原意を知る必要がある。
  ウマシもウルハシも起源的には、それぞれウム・ウルフという動詞を元にした語である。
  ウム→ウマシ
  ウルフ→ウルハシ
このように動詞から形容詞が作られるのは、クル(暮)→クラシ(暗)、サワグ→サワガシのようによく見られる語形成である。
  では、ウマシの元になった動詞「ウム」とはどういう語なのか。これは
  うむ【熟む】果実が熟する
であろうと考えられる。このウムは、現代では傷がウム(膿)のような形で残っている。古代語でも「熟」の字を「ウマシ」と訓じている例があり、語原意識が覗える。
  じつは、ウルハシを作るウルフ(潤)も
  ウル→ウルフ(語尾フはフルに対するフルフのフと同じ)
で、このウルは今日のウレル(熟)である。ウマシもウルハシも、ウム(熟)・ウル(熟)というほぼ同じ意味の語が起源だったわけである。
  ウマシの起源がウム(熟む)だとすると、従来の語解釈に多少変更が必要になる。
  うまい【味寝】快く寝入ること。安眠。(『時代別』)
この語はウマ(シ)を「味がよい」とか「美しい」の意としたのでは意味が取りにくい。そこで、ウマシを一般的に良好な状態を表す語とみて右の解釈になったようだ。しかし、「ウマ=熟」とすれば「ウマイ=熟睡」であり、これが正しいと思う。だが、多くの場合ウマイは単なる安眠ではなくもっぱら共寝のことだと解されている。
  人の寝る ウマイは寝ずに…ゆくらゆくらに 思いつつ  (万葉三三二九)
  共寝もせずに ゆらゆら揺れて 恋しく思いながら
              (『新編日本古典文学全集』)
しかしこれは、次のように解するのが適当であろう。
  熟睡せず寝ながらもうつらうつらに恋しく思い(寝られない夜が続いている)
  ウマヒトは貴人と解されてきた。しかし、「ウム=成熟」とするとこれを貴人とするのは早計だ。
  ウマヒトの立つる言立(仁徳紀二二年)
言立というのはいわば格言だが、ここでは「予備の弓弦を本弦の切れた時のために備えておく」という言がひかれている。この格言は今日風に言うと「降らずとも雨の用意」といった種類のものでいわば世知である。だから
  貴人のコトバ
というよりは、
  成熟した人のコトバ
という方がより妥当であろう。この場合の「ウム=成熟」は年齢や人生の経験を重ねている、あるいはよく習熟している意と解される。
  ウマヒトはウマヒトどちや 親友(イトコ)はも 親友どち(神功紀)
  有名な武内宿禰が忍熊王を討つ時の歌だが、この場合、
  ウマヒト=(関係がこなれている・よく慣れている)人
と解すべきである。従来の解釈で
  貴人は貴人どうし、親友は親友どうし
というのは物の並べ方として不自然である。「貴人は貴人どうし」と言うなら後は「下人は下人どうし」と続けなければならない。「Aどうし、Bどうし」という時、AとBが同じカテゴリーにない比較というのは不自然である。この場合は、「よく慣れた者どうし、親友は親友どうし」と解すべきである。(なおこの歌は戦の歌ではなく、古墳造営の仕事歌だということを拙著『語原でとく古代大和』で論じているので参考にしてほしい)
  さて、肝心のウマシ国だが、『万葉』で大和国がウマシ国といわれ、『書紀』では伊勢がウマシ国と歌われている。
  うまし国=ほんとうに良い国(新編全集『万葉集』)
  うまし国=美しいよい国 (新編全集『日本書紀』)
ウマシは「良い・美しい・立派」の意味だと辞書が書いているのは、そのコトバが使われている前後の文脈から判断して、そのように理解されるというだけのことである。コトバの生成的な起源からの考察が欠落している。
  ウマシはウム(熟)を起源とし、「熟す。こなれている。果実が熟すように、柔らかくマイルドになる」意を表す。これはじつは、漢字の「熟」の持つ意味とほぼ同じである。
漢和辞書の「熟」の説明と和語のウマシを並べて示す。
①うれる。果実などが実り柔らかになる。(成熟・完熟)
②十分こなれた状態になる(熟成)         …ウマサケ
③よく慣れて巧みになる(熟練・熟達・円熟)  …ウマヒト
④十分に、つくづく、つらつら(熟睡・熟慮)    …ウマイ
  今日の「(味が)うまい」、「(技能的に)うまい」、「うまく(行く)」なども、「熟む」の原意に照らして了解できるだろう。こうした点からみると、うまし国は「円熟」というのが最もあてはまっているように思われ、「美しい国」では若干言い足りない点があるように思われる。

本論は『古代史の海』に掲載したものである。(PDF