古代史の中のコトバ

  1. はじめに
  2. 倭人伝
  3. 天皇名
  4. 地名
  5. 稲荷山出土鉄剣銘
  6. 古代語解釈の基礎

語源でとく古代大和(本)

  1. 書籍紹介
  2. 動画解説

真説―古代史

  1. 目子媛の「草香」
  2. 「橘」という勢力

談話室

  1. うましうるわし

倭人伝

[官名]
卑狗(ヒコ)―卑弥呼(ヒミコ)
まず、コは子であり、後の小野妹子の子のように「人」の意である。対馬国・一大国では、ヒコが首長というのであるから、ヒに首長の意があることになる。このヒは、ヒトツのヒであり、ヒコとは「第一の人」ということであろう。後の「彦」もおそらくこの意味で長男を表したものであろう。
ヒミコのミは、ミカド(御門)、ミヤ(宮=御屋)のミで敬称。ミコは後の御子に同じ。ヒ・ミコは、「第一の御人」である。

卑弥呼(ヒミコ)―卑弥弓呼(ヒミキコ)
卑弥弓呼(ヒミキコ)のキは、オキナ―オミナ、イザナキ(ギは後代の形)―イザナミのように、「ミ=女」に対して「キ=男」である。女王ヒミコについては男女を言わず、男性についてのみ、特に男だというところがおもしろい。

卑奴母離(ヒナモリ・ヒヌモリ)―卑狗(ヒコ)
従来、夷守のように解されているが、ヒ・コやヒ・ミコと同様、ヒ+ナモリと解すべきである。後の語で野守があるが、ナは土地の意でナモリは「土地を守る人」の意。ヒは「第一」の意で隊長を表す。ナ(土地)というのは、おそらく農地であり、農地の防衛から軍事組織が生まれたのであろう。

弥弥(ミミ)―弥弥那利(ミミナリ)
ミは御。ヤマツミ(山の神)、ワタツミ(海の神)のように最高のものを表す。またオシホミミのように『記紀』の神名にも使われている。ナリは「連ナル」「ナラブ」意でミミの次の意。

難升米(ナシメ)―都市牛利(トシゴリ)
トシゴリのコリは「凝る」で固める意。『倭人伝』でも後半、牛利という名称で書かれておりトシ/ゴリであることがわかる。トシはト(処)シ(シは提示。「解釈の基礎」の1参照)であり、トシゴリは、場所を固める人。防衛隊長を表す。この場合のト(処)は居住区域であろう。
ナシメは意味をとるのが難しく確かなことが言えない。ナシ・メとすると、メ(米)は後代的には女性をあらわすが、女性とは思えず、ム(身)から派生した語で人の意であろうか。
ナシはヌシ(主、ナもヌも本来土地を表す語であり、その地の所有者)と同じ語であるか、ミミナリのナリと同じで、首長の次の人を表すか。山梨(山が連なる)のようにナシで連続を表す表現がある。また、ナ・シメとするとナ(地)シメ(占め)と解される。

爾支(ニシ)泄謨觚(シマコ)柄渠觚(へココ)―伊都国
兕馬觚(シマコ)卑奴母離(ヒナモリ・ヒヌモリ)―奴国
爾支は、ヌシ(主)であろう。シは提示。ヌ・ナは「地」を表す。シマコのシマは島だが、もともとシム(占む)の名詞形で、島とは「占められた区画」を表す語である。「一定の区画を占めている人」とも解されるし、(新たに)「占有した人」とも解される。伊都国は代々王がいたが、女王国に統族されるようになったという倭人伝の記述からすると、ヌシ(ニシ)が代々の王であり、シマコが占領軍の長ということなのかもしれない。ヘココ(柄渠觚)はほとんど意味がとれないが、ヘは「縁」の意味しかなく、地理的に国の辺を防衛しているか、役割上で次位の意の語のどちらかであろう。
奴国の首長はシマコで、伊都国にあったヌシが見あたらない。占拠の際に、ヌシが排除されたのであろうか。

伊支馬(イシマ)弥馬升(ミマシ)弥馬獲升(ミマカシ)奴佳鞮(ナカデ)
ミマシは、ミ(御)マ(間)シ(提示)であろう。これ以外には考えにくい。ミマカシは、ミマシにカを挟んでいるわけだが、このカの意は不明である。
ミマシがミマ(御間)であるとするなら、イシマも同様に場所の意であろう。イ・シマならイ(語頭の強調辞)シマ(島)、イシ・マならイシ(語頭の強調辞イに提示のシを付した語)マ(間)であろう。
ナカデは中手でか。

[国名]
奴国(ナコク)
ナは土。ヌならば沼・湿地。稲作をする湿泥地を有する国と解される。

不弥国(フミコク)
浜名湖をトホツ(遠つ、トホタ・トホトは被覆形)・フミといっており、「フミ=湖」である。さらに、奄美沖縄方言で、「フ=大」であり、
  フーヤ(大きな家) フーマシダ(大きな真田)
のように使う。つまり「フミ=フ(大)ミ(水)」であり、湖や沼を言う語である。現在の宇美町は、古代は冠水地帯が広がっていたと考えられ、ここに比定することができる。

伊都国(イト国)
イは、イヅ(出づ)・イル(入る)のように、特定した地点を表す。(「解釈の基礎2」)だから、イ(拠点)ト(処)と解される。邪馬台国によって一大率という拠点が置かれた地を表す。

投馬国(ツマ国)
投をツと読むことに違和感を感じるかもしれないが、それは今日のツがtsuであるからで、本来tuであっただろうから、投(tou、ただし中古音ではduとされる)はツとみてよい。ツマはツ(津)マ(間)であり、港がある地を表す。宮崎県西都市の都万は一ノ瀬水運の船着場があったところと考えられるし、熊本県の菊池川や西脇市の加古川などにツマ地名が残るがいづれも水運の船着場の意と考えられるのである。
サツマ(薩摩)という名は、サ・ツマであり、語頭のサは狭霧、さ渡るなどと使われる接頭語で、「集まり窄まる、密集する、密集して一塊になる、窄まり小さい(要するにス(窄)の被覆形)」などの意を持つ。つまりサツマとは、ツマ(津間)が密集している国の意。地名語源上、投馬国をサツマに比定することが可能である。

邪馬台国(ヤマト国)
ヤマ(山)ト(処)。トは、ト(門・戸)のように入り口を表す場合と、ト(処)を表す場合があるが、国の所在地であるから「処」が妥当であろう。伊都国のトと同じであるが、伊都国には「都」を使っているのは、中国人が留まった地であるからと考えられ、使用漢字に多少の意味を持たせていることがわかる。マヤトのトが台であるのもそこが台地状であるからだろう。
なお、ヤマトの甲乙(上代特殊仮名遣)を言う人がいるが、山門などと書くのは、いわゆる宛字であり発音の表記とは無関係である。

対馬国(つま国)末廬(まつら)
ツ(津)マ(間)国。現在の対馬は、ツ(津)島であろう。 松+ラ(辺り。アチラ・ソチラなどのラ)か。マ(間)ツラ(連)などの可能性もある。